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まめ日記*ichigo-ichie

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決して忘れないで。そして生き抜いて、幸せになって。

夕凪の街 桜の国


20070729.jpg


原作     こうの史代
脚本     国井桂 、佐々部清
監督     佐々部清
出演     田中麗奈 、麻生久美子 、吉沢悠 、中越典子、 伊崎充則
     金井勇太 、田山涼成 、粟田麗 、藤村志保、堺正章
製作年度     2007年



観始めて20分もしないうちに涙ぐみ、何度も波が押し寄せてきました。
あの「ヒロシマ」は決して他人事でも、ましてや過去のことでもなく、今の自分たちが考えなくてはいけないことなのだと改めて思いました。
年代を問わず、是非是非観てほしい作品です。



★★★(このあとはネタばれです)★★★

物語は二部構成になっています。
昭和33年の広島と平成19年の東京ー広島。



昭和33年は戦後から13年経ち、街はだんだんと活気付いてきたころ。
原爆で父と妹を亡くした皆実(みなみ・麻生久美子さん)は小さな会社に勤めています。
誰もあの日のことを口にはしない。けれども銭湯で体を洗う女性の背中や腕にはケロイドが残っていて、原爆の恐ろしさをまざまざと見せつけている。



そして、どこからか妹翠の声が聞こえる。瓦礫の下敷きになっていたところを偶然見つけたが、水も食料もなく、背負いながらあてどもなくさまよううちに姉の背中でそっと息を引き取った妹。
「おねえちゃん、永く生きんね(生きてね)」という声がまだ耳から離れない。
そして誰とはいえないもう一つの声。それは幸せになろうとするたびに「お前の住む世界はそっちじゃない」と皆実を責める声がする。



会社の同僚打越(うちこし)君が皆実に好意を寄せていることがわかって、嬉しいのに、次の瞬間それらの声が耳をよぎり、関係を親密にすることを拒絶してしまう。



打越君が皆実の家を訪れたとき、皆実はあの8月6日のこと、そして生きながらえた後の罪悪感にも似た苦悩を彼に打ち明ける。



「幸せになってはいけないような気がする」
「死ねばいいと思われるような人間に自分が本当になっていることに気づくのが怖い」
「生きていてもいいのだろうかーーーーーー」



・・・あぁ、生き残った人たちはそんな思いを抱えながら日々を過ごしてきたのかと思ったら、胸が詰まって涙が零れ落ちてしまった。
だれも悪くないのに。原爆を落とされて、家族を、生活を奪われて、被害者なのに生き残ったことで自分自身を責めるだなんて、かわいそう過ぎる。
なんて戦争は残酷なんだろうと、そして誰にこの怒りをぶつけたらいいのかと考えずにいられませんでした。



だから、打越君が皆実に言ってくれた言葉が尚更嬉しくて、そこでまた泣いてしまいました。



ただ、その後皆実は原爆症を発症し、アカシアの木にもたれて打越君と弟の旭が川岸で石投げをするのを見つめながら息を引き取ります。
「二人は長生きしてね」と言い残して。
そして「原爆を落とした人は13年後に一人死ぬのをみて、やった!と思うんだろうかね」と言って。
一体何のための戦争だったのか。市民を犠牲にして、尊い人の命を何年も何年もかけて苦しめて、奪うだなんて。
アメリカでは原爆を落としたことを正当化しているし、前の防衛長官があれを仕方ないことと言ったけれども、それによってどれだけの犠牲が払われ、落とさなくていい命を奪っていったかわかっているのか、と言いたい。



話はそこでは終わらなくて、「被爆第二世代」「第三世代」へと展開していきます。
私は認識が全く甘くて、今までそこまできちんと考えたことがありませんでした。
被爆者の子供、としての人生に大変な一面があることも。
この映画パンフレットによると「もの言えぬ人々」という表現が使われています。



ほんとうはこちらが主題らしく、だから主演は田中麗奈さんなんだよね。
それでも、33年のむごさ、切なさ、苦しさがあるから、七波(ななみ・旭の長女・田中麗奈さん)の父親尾行の旅=当時の追体験によって一つ、乗り越えた美しさがあるのだと思います。



七波の母親は胎内被爆者であり、七波は母の死、祖母の死に対してどこか直視できなかったけれども、それぞれの生き方を理解し、「この父と母、この二人を選んで私は生まれてきた」といえるようになるんですよね。
この言葉もまた潔く、力強い言葉で、自分のことのようにうなずきながら聞いていました。



そして最後のシーン、真実を知った後、父親から写真を渡されたときに七波に言われた言葉は、まるで私自身に言われた言葉のように感じました。
「おまえが幸せにならないとな。」って。



これを聴いた瞬間、またしてもボロボロ泣いてしまって、最後は鼻までグズグズしてしまった。
この台詞は深く、重いんです。この言葉をきくためにこの映画があったような気さえしました。



監督さんは、田中さんにこの言葉を聞いたときの顔の表情を考えておきなさいとプレッシャーをかけていたそうです。
私の予想とは少し違ったけれど、とてもいい顔をしていました。



この感じ方は変かな。 だけど、戦争・被爆体験という枠からははみ出てしまうけれど、もっと普遍化した、どこの家庭にでもあるシチュエーションとして受け止められる場面であり、台詞であったのではないかなと思いました。



被爆した方々の想いを受け止めて、決して風化させず、生きて、幸せになっていく。
自分がどんな家庭環境で生まれ育ったとしても、生を授かったことには意味があるのだと信じて、物言えぬ人々の声を受け止めて幸せになるために生き抜いていく。
その大切さをあらためて感じることができました。



この映画に出会えてよかったと心から思いました。
この映画は年代を問わず、国籍を問わず、一人でも多くの人に見てほしいです。
そして人それぞれの「何か」をしっかりと感じてほしいです。

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